今から25年以上前、私は産婦人科医として、毎月100件近いお産に携わっていました。
昼夜を問わず分娩に立ち会い、命の誕生に向き合う毎日でした。
しかし、お産は夜中に集中することも多く、年齢を重ねる中で、
「これからの人生、自分はどの医療に本気で向き合うべきなのか」
を真剣に考えるようになりました。
その頃、日本で最も不妊治療で有名だったのが、
新宿の加藤レディースクリニックでした。
私は、
「これからは、間違いなく体外受精・顕微授精を中心とした生殖医療の時代が来る」
と強く確信し、加藤修先生のもとで本格的に学ぶ決意をしました。
当時、ART(生殖補助医療)はまだ発展途上で、現在のように一般的な治療ではありませんでした。
それでも私は、
「これからの医療はここにある」
と感じていたのです。
加藤先生の勉強会に参加した当時、私は50代後半。
参加者の中では最年長でした。
ある時、加藤先生から冗談まじりに、
「美馬先生は、そろそろ引退して盆栽でもやった方がいいんじゃないですか。」
と言われたことがあります。
今でも鮮明に覚えています。
しかし私は、その言葉を聞きながら、心の中では逆に燃えていました。
「まだ終われない。
私はもう一度、不妊治療を本気で学びたい。」
特徴的で情熱的な加藤先生のもとで学んだことで、私は再び“不妊症”という分野に目覚めました。
そして、
- 体外受精
- 顕微授精
- 生殖医療
この分野のスペシャリストとして、残りの人生をかけようと決意したのです。
博士号を取得する際も、私は“不妊症”をテーマに選びました。
その決断を後押ししてくださったのも、加藤先生との出会いでした。
やがて、加藤修先生より「門下生としての研修許可証」をいただくことができました。
それは、私にとって単なる修了証ではありません。
「ここからもう一度、新しい医師人生が始まる」
そう感じた、大切な原点です。
あれから25年以上。
体外受精や顕微授精は大きく進歩しました。
しかし、どれだけ医療技術が進歩しても、
患者さんの悩みや不安に寄り添う気持ちは、今も昔も変わりません。
私はこれからも、学び続けます。
そして、一人でも多くの患者さまの希望につながる医療を届けていきたいと思っています。
―― 美馬レディースクリニック
院長 美馬博史
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